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広島高等裁判所 昭和23年(上)74号 判決 1948年12月08日

上告人 被告人 中庭義男

辯護人 河野将實

檢察官 梅田鶴吉關與

主文

本件上告はこれを棄却する

理由

辯護人河野将實の上告趣意は原判決は犯罪事實を證據により證明するに當り「被告人の當公廷での、三月二十一日石原の盗んだ肥料の中五叺を運搬し賣る世話をしたとの供述」並に「原審第二回公判調書中證人石原操の中庭と共謀して判示窃盗を犯した旨の供述記載」の二個の徴憑事實を掲出してゐる。併し乍ら此の二個の事實は、前者は肥料は石原が窃取したものである事及肥料五叺を被告人が運搬し賣る世話をしたものである事を被告人が供述したものであつて之は明に犯罪事實の否認である之に反し後者は證人による犯罪事實の肯定であつて兩者は全く相容れない矛盾した二個の事實である、從つて此の矛盾した二個の事實からは如何なる論理を以てするも、兩者が妥當する一個の結論を抽出する事は不可能である。併るに、原判決は窃盗行爲を否定せる右事實を斷罪認定の資料に供してゐる。斯くの如きは犯罪事實認定の資料に適せぬ證據に依つて不法にも犯罪事實を認定したものであつて、法令に違反するものと云うべく破毀を免れないものであるというのである。

しかし原審は所論二個の證據を援用し、これを綜合してその判示犯罪事實を認定したものである。この二個の證據が一つは右判示犯罪事實の所謂積極的否認を、他はその肯定を内容とするものであつて互に相容れない矛盾するものであることは所論の如くであるが、かゝる相容れない矛盾する證據を綜合して、特定の犯罪事實を認定するところに所謂綜合判斷の妙味が存するのである。この場合援用した證據の中その認定事實と相容れない矛盾する證據は綜合判斷における心證形成の過程において除去せらるゝに至るものであつて心證の形成され事實の認定された結果より觀れば、かゝる證據はその認定に不必要であり寧ろこれを妨ぐる點がないではないが綜合判斷における心證形成の資料としてはかゝる證據も必要とする場合があるのであつてその必要とする場合が如何なる場合であるかは理論上並に一般經驗の法則に從い具體的事案において裁判所が決定すべき判斷事項である。本件において原審はその專權に基き互に相容れない矛盾する所論二個の證據を必要と認めて援用しこれを綜合判斷して、判示犯罪事實を認定しているのであるが右二個の證據を綜合すれば該犯罪事實は敍上説明の如き心證形成の過程を經て優にこれを認定し得らるゝところであつて原審のかゝる證據の綜合判斷による判示犯罪事實の認定は理論上並に一般經驗の法則によるも所論の如く不可能なことではない從つて原審が所論の如き相容れない矛盾する二個の證據を援用しこれを綜合して判示犯罪事實を認定したからと言つてこれをもつて證據の法則に違背し判決理由に齟齬があるということはできない要するに原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第四百四十六條に則つて主文の如く判決する。

(裁判長判事 三瀬忠俊 判事 井上開了 判事 小竹正)

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